テレビ論

面白いの定義とは?-テレビ局員の悩みー

どうも!マスゴミテレビ局員Tです!
今日は「面白いの定義」についてお話しします。

あのVTR面白かったよ!
番組制作を生業としている者にとって「面白かった」は最高の誉め言葉です。

また、普段の仕事の中でも、「その企画、面白そうだな!」「こう変えた方が面白いんじゃない?」など
テレビ局の仕事は「面白い」という言葉に支配されています。

でも、ふと我に返る事があります。
そもそも“面白い”ってなんだ?

自分は本当に「面白い」を理解しているのか、ずっと引っかかっていました。


■「面白い」の定義とは?

先ほど述べたように、テレビ局では日常的に「面白い」という言葉が飛び交います。
そんな大切な言葉なのに、「何が面白いのか」=「面白いの定義」は誰にも教えてもらった事がありません

面白い・面白くないの境界線はどこかに必ずあるはずなのに、誰も説明できないし、教えることができない
それなのに今日も、テレビ局の制作現場では「面白い」という言葉が飛び交っています。

なぜ教えられないのか?
それはおそらく「面白いの感じ方は人それぞれ」だからです。

しかしそんな事を言ってはそこで終わってしまうので、なんとか「面白い」を分析したいと思います

■「面白い」の種類

まず「人が面白いと感じるパターン」を整理してみましょう。
わたしが考えるに大きく分けて以下の3パターンです。

  1. 笑える
  2. 感情が揺さぶられる(喜怒哀楽)
  3. 知らない知識が増える(知識欲が満たされる、興味深い)

①の「笑える」は一番想像しやすいですよね。
「面白い」=「笑える」と定義している方もいるのではないでしょうか。
漫才を観たときやバラエティ番組を観たとき思わず笑ってしまう、こんな面白さですね。

②の「感情が揺さぶられる」はいかがでしょう?
喜怒哀楽が大きく揺さぶられた時にも、人は「面白い」と感じます。

例えば、すごく泣ける悲しい映画を観た時。
散々涙がこぼれ、笑いは一切なし。
それでも観終わったとき「めっちゃ泣けた。面白かった」と感じた経験ありませんか?

人は笑えなくても泣いたり、思わず唸ったり、恐怖を感じたり、腹が立ったりしても、総じて「面白い」と感じるのです。

③の「知らない知識が増える」も人は面白いと感じます。
情報番組を観ていて「へぇ~そうなんだ、明日誰かに教えよう!」と感じる事などが当てはまります。

新しい知識や情報を仕入れたら、知識欲が満たされ、面白いと感じます。
知識だけでなく、新しい経験や体験をするのもここに当てはまります。

いかがですか?
「アハハ」と笑える面白さ、「すげえ!」と感心する面白さ、
「なるほど」と思わず唸ってしまう面白さ、「へぇ」と感心する面白さ
「そうだったんだ」と学びの面白さ・・・などなど

同じ「面白い」という言葉でも様々なケースがありますよね。

■「笑える」面白さを分析

「面白い」は大きく分けて3種類だと定義しました。

その中でもバラエティ番組を作る人間が突き詰めなければならないのは、やはり「笑える」面白さです。
私がバラエティ番組を作る時に視聴者を笑わせるために意識しているのはズバリ、

「期待」「裏切り」。この2点です。

まず「期待」の笑いについて解説します。
「期待」は「共感の笑い」と置き換えた方が分かりやすいでしょうか。
視聴者が想像した通りになる気持ちよさ、「そうそう」と共感する笑いを指します。

例えば「パターンの笑い」。
有名な例をあげると、罰ゲームを前にして1人が「俺がいくよ」と言い出します。
するともう1人が「いや、オレがいくよ」と続きます。
そして最後の1人が「じゃあオレが」と言うと、その1人を除いて全員が「どうぞどうぞ」と押し付ける。
ダチョウ俱楽部の定番パターンですよね。

フリが始まった瞬間、視聴者はもうすでに結末(オチ)まで分かっています
それなのにオチが来るのを期待して見守り、予想通りにきれいなオチが決まると、パズルのピースがハマったような心地よさを感じてしまうのです。

吉本新喜劇は、出演者ごとに定番のギャグがあります。
観客はそれをちゃんと分かっていて、ギャグが飛び出すと「待ってました」とばかりに笑いだすのです。

モノマネの多くもこれに当てはまるかもしれません。
視聴者の期待通りに「めっちゃ似てる」「確かにあの人はよくそんな言い方する」といった共感が笑いを生みます。

続いて「裏切り」の笑いについて解説します。
「裏切り」は「ギャップの笑い」「予想外の笑い」と置き換えた方が分かりやすいでしょうか。
視聴者の予想を裏切る展開、想像できないボケなどがこれに当てはまります。

例えば、結婚披露宴で会場が暗くなり、新郎新婦入場の音楽が流れます。
そして大きな扉にスポットライトが当たり、来場客は全員がその扉を見つめます。
いよいよ大きな扉から出てくるぞと思いきや、突然まったく違う扉から出てくる。
「いや、どっから出てきてるねん!」「出てこないんかい!」というギャップの笑いですよね。

ハプニング的な笑いもこれに当てはまります。
しゃべりのプロであるアナウンサーが突然原稿を噛んだ。
テストで教室が静まり返る中、突然誰かが屁をこいた。
ドラマや映画のNG集なんかも、この笑いに近いかもしれません。

「こうあるべきだ」という常識があって、そこから外れるから笑いが生まれる。
Tの経験上、このギャップが大きいほど、笑いは大きくなります。
ただ、的外れなギャップだと容赦なくスベるので、ハイリスク・ハイリターンかもしれませんが・・・

ぺこぱがM-1で爆笑ととったのも「漫才のツッコミは、ボケを正すものだ」という視聴者の固定観念(常識)を「なんでも肯定してしまうツッコミ」によって破壊したからだと思います。

さらに、ぺこぱが凄いのはここから。
「裏切り」の笑いを見事に「期待」の笑いに昇華させたのです。
不思議なことに最初は予想外だった肯定するツッコミ、つまり「裏切り」で笑っていましたよね?
それがいつのまにかその肯定するツッコミを待ってしまう、いわゆる「期待」の笑いに変わっていたのです。
たった4分間の漫才で巧みに観客を裏切り、期待させるまでに昇華させるテクニックはさすがのひと言。

しかし、例に挙げたのはいわゆる「ベタ」というやつで、実際は「期待」と「裏切り」がここまで明確に分かれていません

例えば、大柄の男性が子供を肩に乗せているのを見て、芸人が「山のフドウか!」とツッコミを入れたとします。
「アハハ、分かる!」と笑った人にとっては「期待」つまり共感の笑いになります。
「アハハ、そうくるか!」と笑った人にとっては「裏切り」つまり予想外の笑いになります。
同じ笑いでも、人によってどちらの笑いになるかは、その人の感じ方次第なのです。

■「教養」が必要なお笑い

さらに、ここで問題があります。
そもそも「山のフドウ」を知らない人にとって、このツッコミはなんのこっちゃ分からない訳です。

一応説明しておくと、山のフドウとは北斗の拳に出てくるキャラクターで、山のような巨体を持つ大男。
これが分からなくても言葉の響きや周囲の笑い声でなんとなく笑う人もいますが、大半の視聴者はここでつまらないと感じてしまうのです。

ではどうするか?
1つの救済策として「山のフドウの画像をテレビ画面に出す」があります。
そうすれば山のフドウを知らない人も、姿かたちで「確かにね」と笑ってくれるかもしれません。

北斗の拳を昔に読んだことがある人なら、画像を見る事で山のフドウを思い出して笑えるかもしれません。
そうやって「笑えない視聴者を減らす」こともテレビマンの仕事なのです。

これがやっかいな所で、人は「知らない」ことは「笑えない」のです。
よく担任の先生のマネをして爆笑をさらう子供っていましたよね。
でも違う学校の生徒は、その先生を知らないので笑えないのです。

これがいわゆる「内輪の笑い」なんですよね。
パターンの笑いは、ここに陥りがちなので注意が必要です。

今の笑いが視聴者を置いてけぼりにしていないか。
どうすればより多くの視聴者を救えるか(笑わせられるか)。
テレビマンにはここを見極める能力も、激しく問われるのです。

■まとめ

面白いは以下の3パターンに分類できる。

  1. 笑える
  2. 感情が揺さぶられる(喜怒哀楽)
  3. 知らない知識が増える(知識欲が満たされる、興味深い)

さらに「笑える」は「期待」と「裏切り」に分けられる

いかがでしたか?
今日は「面白いの定義」についてお話しました。

しかし、「面白い」や「笑い」という言葉はかなり複雑です。
自分で話していて「矛盾しているな」「当てはまらないな」と思う事も山ほどありました

笑いに大切なのは「緊張と緩和」じゃないの?
いや、「ワードセンス」が重要だ。

なんて声も聞こえてきそうです。

それについてもまた記事にしていきたいと思います。
なんせ徒然なるままに書いてるもんで、お許しを。

以上、名もなきテレビマンの独り言でした。
ではでは

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